子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

調整役を辞める

f:id:akkachan:20180621132633j:image
f:id:akkachan:20180621132637j:image

2018/6/1

(お散歩していたら、飛び立つ瞬間の青鷺に出会いました。私も、飛び立ちたいです。笑)

 

数日前、

突然父が発作的にモラハラモードになり、母はトイレへ行き、私は静かにそれを聴きました。

 

私は以前と違って、

爆発した父に対して、

あまり怖がらず怯えなくなったように感じます。

冷静に、なぜ父が怒鳴り散らすのか、観察したいと思うようになりました。

 

それから今日まで、

父がどんな様子で帰宅するのか、少し怖くはありましたが、それよりも父の内面が心配になりました。

 

突然怒鳴り出して

母を罵倒する…

会社で何かあったのかな?

悪い夢でも見たのかな?

 

…そのように考えるようになりました。

対して母には、

怖くないかな?

大丈夫かな?

 

そう心配します。

してきました。これまで。

 

…とても疲れます。

でも今回は、父にメールするのを止めました。

これまでは、次の日に父にメールを送っていたんです。

 

諭すような言葉や、

指摘する言葉や、

優しい言葉…

その時その時の父の状態を考えながら、

送っていました。

 

しかし今回は止めました。

 

"私がそこまでする必要があるのか?"

"父と母の言動の自由を奪ってしまうんじゃないか?"

 

と、ふと思ったんです。

 

自由を奪う…というのは、以前心理士さんに言われた事です。

"2人は言い争う権利、自由がある" と。

 

この一件について、

今日病院でカウンセリングを受けてきました。

 

心理士さんは常々、

子供時代の私のこと、そして大人の私に対して

「調整役を担ってきた(担う)」

と表現してきました。

 

そしてその必要は「ない」と、キッパリ言います。

 

どうでしょうか…

アダルトチルドレンの皆さん。

 

不和の状態の、調整役になっていませんか?

これまで、誰かと誰かの調整役をしてきませんでしたか?

 

私は、両親だけでなく、

職場でもそれをやってきてしまったように思います。…自分のことはそっちのけで。

 

心理士さんは教えてくれました。

最優先は "自分" でいいと。

 

先のモラハラの件で言えば、

母はトイレへ行きました。

心理士さんの言葉を借りると、母は逃げたんです。

そしてその後私に対して「怖かったね、大丈夫?」の一言もなかった、と。

 

まず自分の身を守った母。

怒鳴り散らす父。

その状況下に居る私。

 

心理士さんは、まず私の心配をしてくれました。

まず自分の身を確保するべきだと言いました。

 

心理士さんと紐解くことで、

父の様子を観察したかった一方で、

正直、私は不安だったんです。

怒鳴り散らす父と、トイレに駆け込んだ母を2人っきりにする事を。

だから…その場に居続けたんです。

本当はその場から離れてもいい、

聴きたくなかったら聴かなくてもいい、

その選択肢がまるで無かった。

 

知らなかったからです。

子供の頃から、父が怒鳴り散らすのそのまま受け止め、…

父の言いたいことも理解できる。

母のやりたいことも理解できる。

 

どちらが悪いなんて決められないから、

結局は自分のせいでこうなったんだと、

自分自身を責める。

 

それの繰り返し、繰り返しで、

大人になっても同じ思考をしてしまう。

 

どうしようもなかったんです。

どうしようもなかったと…心理士さんは教えてくれました。

 

そもそも、

調整しようがないし、

調整する必要もなかったんです。

 

でも助けることは出来ます。

どちらかから助けて欲しいと言われたら、

その時初めて、考えていい、と。

 

手を差し伸べてもいいし、

手を差し伸べなくてもいい。

自分で選べる、と。

 

2人を見ていると、

完璧な人間なんていないなと感じます。

心理士さんは、

父、母、そして私。それぞれが練習中なのだと。

 

感情を抑えきれないし、そしてストレスチェックうつ病だと言われ通院している父。

モラハラを受け続けてきた母。

アダルトチルドレンの私。

 

それぞれが練習中なのだと。

 

父にメールを送ることを止めた私を

心理士さんは褒めてくれました。

 

少しずつではあるけれど、

それぞれが変わってきていると感じます。

 

家を飛び越えて外でもやってきた調整役…

染み付いたものはなかなか取れませんが、

今日より明日、明後日…

自分のことを1番に

考えられるようになると良いなぁと思いました。

 

冒頭の青鷺のように、

自分で飛べる練習ですね◎

モラハラ出来なくなった父

ブログ、お久しぶりですね。

 

なんとなくやる気が出ない日が続いて、

…家に引きこもっていたら

あれやあれやと

18キロも太ってしまいました。泣

 

統合失調症のお薬のせいでもあるんですが、

ただ今ダイエット中です。苦笑

 

久しぶりの更新ですが、

今回は最近の私の父について、お話したいと思います。

 

父は母にモラハラ出来なくなりました。

というか、父のモラハラがガラガラと崩れ落ちている…と言った方がいいでしょうか。

 

相手を抑えつけよう、自分が優位に立とうとはするのですが、…それが出来ないんです。

"出来ない「妻」" に、私の母はなりました。

 

そうなった結果、

あからさまに見えるようになったのは

父の「弱さ」です。

 

"本当は慰めて欲しい"

"本当は褒めて欲しい"

"本当は愛して欲しい"

"本当は自分は「弱い」人間なんだ"

 

"それでも、こんな俺でも、支えて欲しい"

 

そんな父の心情が、

娘の私には感じられます。

 

もちろん…

これまでの父の言動、モラハラを目の当たりにしてきた私からすると、

父は大切な母を傷付ける悪党だという意識は拭いきれません。昔のことを思うと、殺してやりたい衝動に襲われることもあります。

 

ですが…

救われたのは心理士さんの言葉です。

 

「本当にモラハラをするような人は、弱い部分を見せるのがとても怖い。だからそう簡単には変わらない。だけどお父さんなりに、変わろうとしているんじゃないかな?」

 

もしそうならば、

いえ…今の父を見ていると、可哀想な人なんだという感情が生まれます。

 

これまで強がって、完璧であることを信じ続け、

他人からの賞賛を、評価を、

求めることしか自分が保てなかったんだろうと。

 

だからといって家族に当たり散らしたりするのは勿論、とても褒められることではないですが、

娘の私は、なんとなく分かります。

 

父もアダルトチルドレン なんじゃないかと感じてから、…いえ、家族の中で一番父に気質が似ているのは私です。

 

私もこれまでそのように生きてきましたから。

 

他人の評価でしか自分を認められない…

その生きづらさは辛く、孤独です。

 

主治医は私に言いました。

「お父さんに対して、アンビバレンスな状態ですね」と。

 

アンビバレンスとは、相対する感情を同時に持つことだそう。

 

嫌いな所もあるけれど好きな部分もある。

尊敬出来ない部分もあるけれど、尊敬している部分もある。

殺したい程憎くても、愛しいと感じることもある。

 

娘だからでしょう。

 

気持ちが理解出来るから、

見ているこちらも苦しいんです。

 

だから…

最近の母には、もっと父に優しくして欲しいという部分があるのですが、

過去があります。

母には母の、モラハラを受け続けた過去が。

母がどのような言動をしようと、その自由を奪いたくはありません。

 

強く、たくましく、元気になってきている母。

その母に対しても、私はアンビバレンスな状態ではありますが、心強くも感じます。

 

ぶっちゃけ…

もう離婚してくれ、と思うこともしばしばありますが。苦笑

 

母がそうしないと決めているなら、

私はその自由を奪うつもりはありません。

 

心理士さんの言った

「お父さんはお父さんなりに前に進もうとしている。変わろうとしている。誰でも出来ることじゃない。」

 

その言葉を大切にして、

父に対しての私の感情も、

優しく穏やかなものに変わっていけたらと思っています。

 

PS

日曜日は父の日ですね。

今日は思い切って母に連れられて父へのプレゼントを買いに行きました。

半袖が苦手という父。

生地の切り替えが好きな父。

父を想って青いストライプの切り替えシャツを買いました。

 

どんなものを贈ろうか?

喜んでくれるだろうか?

着て見せてくれるだろうか?

そんなワクワクを感じながら

良き時間が過ごせました◎

ご存知ですか?「メンタルサポートマーク」

随分と紹介が遅くなってしまったのですが…

皆さんは、こちらのマーク、見たことがありますか?↓

f:id:akkachan:20180121180624j:image

" メンタルサポートマーク "

といいます。

 写真は一昨年の12月、Instagramで知り合った沖本仁美さんから頂いた時の写真です。

 

このメンタルサポートマークは、パニック障害をはじめとした精神疾患を持つ人のためのアイテム…

表面にはハートのマーク、裏面には本人がどういった症状で、" どうして欲しいのか " を書けるようになっています。

 

例えば電車内で妊婦さんのマークであるマタニティマークを見れば、ほとんどの方は分かりますよね。

" あ、この人は妊婦さんなんだ。" と。

 

しかし精神疾患を持っている…それを表すものって、なかなか無いし、あってもあまり知られていないように思います。

精神疾患を持っていることも気付かれないまま、

なおかつもしもの事があった場合…症状が出てしまった時にですね、周りの人に助けを求めるって、

すごく大変なんです。

 

そんな中、沖本さんが作られたのが、

メンタルサポートマーク。

 

私自身愛用しているのですが、

まさに「御守り」のようなものです。

 

もしもの時に、自分がどういった症状があり、

" どうして欲しいのか " を

このアイテムを提示することによって他人に伝えてくれる優しい御守りなんです。

 

沖本さんとはご縁があり、

そんなメンタルサポートマークの紹介イラストを描かせて頂きました。

f:id:akkachan:20180121180654j:image

 

今回この記事を書いたのは、

沖本さんの活動を応援したいという私の気持ちと、

メンタルサポートマークを多くの方に知ってもらいたいと思ったからです。

 

少しでも興味を持たれた方は、以下のリンクから詳しいメンタルサポートマークについてご覧頂けると嬉しいです。

 

・メンタルサポートマークのFB↓

https://www.facebook.com/okimoto.hitomi/

・沖本仁美さんのInstagram

https://www.instagram.com/hitomi.okimoto

 

☆作品紹介「!?」第8話、第9話

f:id:akkachan:20180121172402j:image

http://www.chiisaikaisha.com/monster/asu/archives.html

 新しく「統合失調症」のカテゴリーを作りました。

 

チイサイカイシャのウェブマガジン、

「モンスター」にて連載させて頂いていた「!?」ですが、第8話が終わり約1年間休載しておりました。

 

理由は統合失調症の治療に専念…と言った方がいいでしょうか。

なかなか自分に合う薬が見つからず、苦しい体験をしましたね。苦しい体験というのは、" パーキソニズム " にかかってしまった事…など。

 

生まれて初めての経験でしたね。自分の身体が言うことをきかない、勝手に動く…というのは。

私の場合は口元から始まり、徐々に全身に痙攣が回ったような感覚でした。

ようやく主治医が居る診察日を迎えた日には、1人ではまともに歩くことが出来なくなってしまいました。

第8話の少し後だったと思います。

 

今はだいぶ落ち着いていますが、

毎日新しい自分と向き合うのに戸惑い、必死です。

 

そんなこんなでお知らせが遅くなりました第8話、第9話、よろしくどうぞ!

 

自分を再構築する。

 

さて、

前回はAC(アダルトチルドレン)は "自分" というものが気薄であると最後にお話しました。

 

なぜ気薄なのか…

それはACである方ならば薄々気付いているのではないでしょうか。そして、ACで無い方にとっては、いささか理解出来ない事かも知れません。

 

私は…

どんなに人から褒められたり認められたとしても、

何でしょうね。ポカーン…としてしまいます。

或いは、変に謙遜した態度を取ってしまいます。

まるで他人事のように感じてしまう時もあります。

 

自分というものが気薄だからです。

自分の事として受け止めることが苦手なんです。

いくら褒められたとしても、喜ぶという感情を忘れてしまうほどに、…周りのことばかり目を向けているように思います。

 

思い返すと…

子供の頃からいつも気にしていました。

父親の反応を。

 

父から褒められるように認められるように…?

いえ、

怒鳴られないように

或いは

気に入られようと必死でした。

 

毎日お酒を飲む父は、

毎日違う態度を取ります。

 

ご機嫌な時はいいのですが、

機嫌が悪い時はどんな言葉のナイフが飛んでくるか分かりません。大切な母や兄が傷付かないか…

いつも気が気ではありませんでした。

 

それは、学校生活や職場でも同じでした。

アンテナを幾つも立てて、他人の動向ばかり伺ってしまいます。大人になった今でさえも。

 

自分が

"どうしたいのか"

…そんなことを考えるのは苦手でした。

 

今なら分かります。

周りの人の笑顔や平和な時間が、

ひと時の喜びや安心感だったからでしょう。

 

それが故に、自分が気薄なのだと思います。

 

他人がどんな反応を示すのか…

 

(ACの皆さん、そろそろ終いにしませんか?)

 

私も出来ていません。

だから…罵声や批難といった幻聴や幻視を繰り返すのだと思います。

 

根も葉もない誰かからの、自分への反応に、

おちおち寝てもいられない位に、

怯えてしまうのだと思います。

 

その恐怖は、

幻です。

真っ赤な嘘です。

 

だから安心してください。

 

そして、

育てる必要があります。

 

自分が "どうしたいのか" 。

常に考える練習を、今私はしています。

 

分からなくてポカーンと、

フリーズしてしまうこともしょっちゅうです。

 

私の母は、

"自分を自分でプロデュースしてみたら?"

と、提案してくれました。

 

とても良い案だと思いました。

これまで私は、自分を奮い立たせるために、

"自分が自分のコーチになる"

と、意識をしたことが何度かありました。

 

これもまた、

自分を意識する手段ではないかと今思います。

 

必死に、

自分よりも周りの反応を見ようとすると、

自分が見えなくなります。

 

自分という存在を

置いてけぼりにしてしまっています。

そしてそれは、必ず自分に返ってきます。

 

結果、育つべき自尊心が、

育っていないのです。

 

"今 私は私のためにどうしたいのか?"

 

ACにとっては難しい質問だと思います。

 

「寒いから珈琲を飲んで温まろう」

 

そんな些細なことでも良いのです。

 

以前ブログでお話したように、

人は自然とトイレに行けますよね?

 

何も道具は要りません。

必要なものは備わっています。

 

これからで大丈夫。

 

自分を再構築しませんか?

理想の親像を捨てる。

お久しぶりですね。

ずーっとブログを書きたいなぁと思いつつ、なかなか重い腰でした、苦笑。

 

今回の題は、「理想の親像を捨てる」。

 

AC(アダルトチルドレン)で無い方にも読んでいただきたいテーマです。

 

私は言葉の暴力を振るう過去(たまに現在)の父から、

逃げるように一人暮らしをしていました。

しかし会社の人間関係に疲れてしまい、休職し、退職し、部屋も引き払って(かなり粘りましたが、苦笑)

また実家に帰ってきて、

もうすぐ一年です。

 

帰りたくない家に帰って来てしまったなぁ、と

最初は思ったものです。

 

幾らか柔らかくなった父と、

モラハラから回復した母を目の前にしても、

子供の頃のトラウマは消えません。

 

いつ、

また、

父が暴れる日が来るかもしれない。

いじめられっ子のような母を目にする日が来るかもしれない。

 

毎日毎日思っています。

またそんな日が来るんじゃないか、と。

 

そして、

大人になった私は、「憎しみ」から

老いていく二人を殺めるかも知れないとさえ、

思ってしまう時があります。

 

しかし、

ようやく気付きました。

 

私は自分の両親に、「理想」を重ねようとしていたのだと。

 

どんなに家の中がめちゃくちゃになっても、

どんなに父の言葉のナイフが突き刺さろうとも、

どんなに母の小さな背中を見ようとも、

 

いつかその日が、

優しい父、

明るい母、

その二人の姿を目にする日が来るんじゃないかと

 

そう想い続けて来たことに気が付きました。

 

そして、

その理想像こそ、

捨てなければいけないと思いました。

 

親に理想を重ねれば重ねる程、

ACは辛い気持ちになります。

 

現実の親と、理想とが

あまりにもかけ離れているからです。

そしてそれをまた、自分のせいにしてしまうのではないでしょうか。

 

理想の親像を捨てるということは、

"親のために頑張らなければいけない"

"理想の子供でなければいけない"

という、

親への自分の理想像を捨てることでもあります。

 

なぜ捨てるのか。

 

それは、悲しくも無駄なことだからです。

ACで無く自分軸がしっかりしている人は、

自分の理想のために自分のために頑張ることが出来るでしょう。

 

しかし、長らく機能不全家庭で育ったACは、

理想の親と、その親に釣り合う子供でなくてはならないと頑張ってしまうのではないかと、私自身思います。つまりは親のために頑張ってしまうのです。

 

外の世界では、

他人のために頑張ってしまうことになるでしょう。

 

そしてそれはその "他人" が変わらない限り

無駄なことになってしまいます。

 

ですから、

捨てるのです。

 

では、捨てるとはどういうことなのか?

それは、

"どんな親であろうとも他人"

私はそう思うようにしました。

いえ、現在練習しています。苦笑

 

他人に対しては

"人は人、自分は自分"

…と、思いたい所ですが、自分軸が脆いがためになかなか難しいですね。

 

しかし、

どんな他人であれ、

「あ、こんな "他人" もいるんだな〜」

くらいに思っておけば、

たとえそれが親であっても、ヘトヘトになるほどに頑張る必要は無くなるはずです。

 

成人したACの最大の問題は、

自分軸の脆さです。

 

これについてはまた書こうと思いますが、

 

ACは自分という存在が気薄で、

あるいは空っぽなのかも知れません。

 

やってみよう!

 

会社を退職して1年が経ちました。

早いもので、あっという間ですね。

 

私は1月に部屋を引き払って、

あの居心地の悪かった家に戻ることにしました。

 

「無職」という肩書きが付いた私に待っていたのは、統合失調症の症状悪化でした。

 

生まれて初めて "パーキソニズム" という経験もしました。手足が硬くなる、口元が勝手に動く…

薬剤性パーキソニズムでしたので、お薬を変えて良くなりましたが、大変苦い経験でしたね。

 

さて、

以前に指示待ち人間だ、とか

自分が無い、とかいう話をしましたね。

 

無職でついに統合失調症の症状がひどくなった私は、一日中何をしたらいいのか分からない状態が続きました。今でも、そんな時があります。

 

心理士さんはそんな私に、

「今まで(好きな事を好きなように)やれなかったんだから、練習する期間なの。」

 

充電期間、とも言っていました。

 

好きな事ってなんだっけ?

やりたいことってなんだっけ?

あーー、本当に私は自分自身で立てていない。

親の一言には反応できるのに。

他人の一言には対応できるのに。

 

そんな風に思いました。

 

Instagramの写真を見ていると、楽しい。

楽しいから色んなワードを検索して写真を見ては楽しんでいたのですが、そんな私の目に止まったのは「さをり織り」という織物、織り機でした。

 

当時を思い返すと、

もの凄い行動力だなと思うのですが、苦笑

即注文して織り機を買いました。

f:id:akkachan:20170927172953j:image

体験もせずに購入したため、織り方なんて全く分かりませんでした。苦笑

 

それでも、並々ならぬ興味を湧いたのか、

少しずつ出来ることが増えて、

いつの間にか着れるものを作れるようになっていました。

 f:id:akkachan:20170927173022j:image

 

引きこもってばかりで、不安も大きかったのですが、最近街のマルシェ?に出掛けてみたんです。

 

小さなブースに色んな作り手さんがいました。

その中でも、プラ板で作ったピアスを売っている方がいて、どんな風に着色をするか等教えてくれたんです。

その他にも、色んな方にどうやって生計を立てているか等突っ込んだ話もしたりなんかして、苦笑。

 

で、

 

「羨ましい」

コレがスッと壊れた気がしました。

 

自分でもやってみようと思ったんです。

 

いいなぁ

やってみたいなぁ

 

…こんなことは普通の感情かも知れませんね。

しかし、AC(アダルトチルドレン)である私には、

鉄格子のようなものだったんです。

 

見えてるけど、手を伸ばしたいけど、

鉄格子の中にいるようなイメージ…

父から散々言われた一言二言から学び

〇〇してはいけないに変換されてしまった鉄格子です。

 

そして無我夢中で、

作りました。Instagramを見ては "羨ましい" と感じていた感情が、別のものに変わった気がします。

 

どんなものが出来たかと言うと…

 

f:id:akkachan:20170927174159j:image

 

f:id:akkachan:20170927175948j:image

 

こんな感じです。照

そしてなんと、マルシェに出店するというお話が来て、もちろんOKして、今着々と準備をしています。

 

心理士さんから言われた

ある言葉を思い出すんです。

 

「あなたがお父さんの前で好きな事がやれた時が、本当の意味での "自立" なんじゃないかな。」

 

飽き性の私は、

退職してから絵のブローチを作ったり

さをり織りをしたり

編み物をしたり

今はアクセサリーを作って

合間に習字に通ってます。

 

とても充実している日々のようですが、

統合失調症の症状がひどかった時は、

カーテンレールに紐をくくりつけて死のうとした事もあります。

私を殺してくれと母に懇願したこともありました。

 

その度に救われたのは、

モラハラを克服した強い母の涙と、

心理士さんの言葉です。

 

「やってみよう!つまんなかったら止めてもいいんだから!」

 

そうなんです。

つまらないも、面白いも、自分で選べるんです。

でも選ぶためには、やってみないと分からないのです。

 

まずは、

 

やってみよう!(某携帯電話会社のCMのように、笑)