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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

ACは当時の親を許せるのか

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2014.10.24
"いつかカモメのように、自分の旅を…。簡単に許さなくていい。自分の信念が揺らぐくらいなら許さなくていい。いつか飛ばした風船のように、水滴が乾くように、花が散るように、水面のうねりが落ち着くように、自然にまかせる。"

当時、紙の隅に書いたコメントですが、考えさせられます。

これはアダルトチルドレンと教えてもらって翌日に描いたもの。医師や心理士さんに自分のこれまでの体験を話すことは、同時に今「大人」の自分に話すことでもありました。そして、大人になった今の自分から見て、とても酷な体験に感じてしまったのです。

子供時代の私に対して、「可哀想だ」という感情が生まれました。こんなことは初めてでした。自分自身というよりも、…単純に辛い体験をした子供に対してのものなのですが、その子供は、私なのです。

要は自分のことを可哀想だと思っているわけです。そんな感情初めてでした。

そして、次第にその可哀想だという感情は、当時の親への憎しみに変わっていくのが自分で分かりました。この「憎い」という感情も、生まれて初めて抱く感情でした。とても戸惑いました。

憎しみが大きくなるにつれ、それに平行するように

"許すべきだ"
"許さなければいけない"
"許せば解決するはずだ"
"許したい"

「許したい」という思いが湧き上がりました。
しかし、それに刺激を受けるように「憎しみ」も大きくなります。

どうしたらいいのか…そんな中で描いたのが、先に載せた絵です。その後に綴ったコメントで、
"簡単に許さなくていい"
と書いているのです。今見ると、とても興味深いですが、その時出した答えだったのでしょう。

ふと、疑問が湧いてきます。

どうして子供時代、…辛かったその時には無かった「憎しみ」が大人になってから生まれたのか。

単純に、どのようにしてその辛い状況を乗り切ったのか。

今の私の考えを書いていきます。

おそらく、当時は考えないように感じないようにしていたんだと思います。
私の家庭内で何があったのかここではまだ詳しく書きませんが、一言で言うならば

「恐怖」

です。家の中には常に恐怖がありました。怖かった、というのが今でも思い出す正直な感想です。

度重なる恐怖に対して、いちいち考えたり感じたりするのを、止めたんだと思います。そうすることで、その場を乗り切ったんじゃないかと思います。

そしてもう一つ、子供時代に憎しみを感じなかったのは、それが誰でもない自分の「親」だったからでしょう。これは一言では説明出来る自信がありません。

親に認められたい
親に笑って欲しい
親に褒められたい

子供時代の私はいつも思っていました。
家の中でどんなに怖い思いをしても、それが親ならば、許す…というよりも、耐えられたのだと思います。

問題なのは、大人になった自分が抱いてしまった「憎しみ」です。

身体も心も、成長して大人になったわけです。
様々な経験を通して、常識も身に付け、それまで家の中で起こった様々な出来事が「普通ではない」と知ってしまったのです。

"許したい"という思いは、おそらく客観的なもの。
憎んでも仕方がないというどこかに書いてありそうな一般的な意見です。

私は、この憎しみという感情に対してどのように対処すればいいのか。
それは子供時代の私からの宿題だと考えています。

アダルトチルドレンと教えてもらい1年と少し経った今でも、その感情が突然に湧き上がる時があります。

アダルトチルドレンは当時の親を許せるのか。

私は先に載せた絵とコメントのように、
簡単に許さなくていいと思っています。

当時のことを思い出した時に、あっけらかんと「許すぞ!」としても、「憎しみ」と一言では表現出来ない、どうにもそれを許してくれない感情があるのです。それが、私のインナーチャイルド=内なる子供、彼女の意見だと思っています。

インナーチャイルドについては書ききれないくらいの想いや考えがありますが、
今私は、突然に湧き上がる「子供時代の自分の感情」を大事にするよう意識して生活しています。