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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

【ペインター】つまらない世界

ペインターについてのエピソードを話した今の段階では、その後ペインター…私は芸術家になりそうなイメージを抱かれるかも知れませんね。

しかしペインターは芸術の世界から離れます。芸術の世界に失望してしまう…というよりも、つまらなく感じてしまうのです。その原因は、

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三年次に描いた80号の大作。椅子に立って描かないといけない、とても大きな作品でした。この作品には、父への想いを込めました。

高校時代、私は5時起床、5時台の電車に乗って通学していました。駅まで毎朝送ってくれたのは父でした。駅までのほんの数分間ですが、私は父と会話をするようになりました。

作品作りを通して自分に自信がつき、それまで恐かった父に対して、父のことを「理解したい」と思うようになったのです。そして、父のことを観察するようになりました。父が何を考え感じていて、家族に何をして欲しいと思っているのか…それを私なりに考えました。

私の出した答えは、「愛憎」でした。
父の家庭内での言動は、家族を愛するが故のものだと…そう感じました。そして、私はそれを痛感していました。毎朝の車内で父と話をする日々で、父が恐い人ではなく情のある心のある人間なんだと知ってからは、自分と父の共通点について探るようになります。

家族に対しての父の言動は、「柔らかくすることが出来る」そう確信しました。柔らかくすることで、父をもっと楽に出来るんじゃないか…そう思いました。

当時イエローオーカーという絵の具が、私は大好きでよく使っていました。どんな色かと言うと、日本名は黄土色です。単体ではとても目立たないその色は、他の色に混ぜると暖かく柔らかいものになるのです。私は父にイエローオーカーを混ぜたいと思いました。

しかし、父を "変えてあげたい" というのは、私のエゴなのではないか…ふと浮かんだその思いに悩みます。先の絵は、そんな父への想い、自分のエゴに対する思いをぶつけた作品です。

一生懸命描いた作品でした。心を込めて描いたつもりでした。

しかし、先生から言われたのは
「この絵は卒展(卒業展示会)には出させない。」

…写実的(リアル)な絵じゃないから?
…学校としてこの作品を出すことは恥ずかしい?

信頼していた科の主任からも「なんだこれは。」と言われ、その時でしょうか、

"なんてつまらない世界なんだ"

そう感じました。

ギリギリまで担任の先生は「本当に美大に行かないのか」と私でなく母に尋ねていました。

ファッションに興味があった私は、専門学校に行くか考えましたが、東京だったので諦めました。

諦められたのは、「養ってもらっている」という後ろめたさがあったからです。早く仕事というものをやってみたい、自立したいという思いが湧き上がっていました。

その後約2年働き、行きたかった東京に行くことが出来ました。お金の管理が出来ない私は、両親に大変苦労をかけてしまいました。

銀行で両親からの仕送りを引き出す際、「ペインター」からよく怒鳴られていました。怒鳴りながらペインターは泣いていたのかも知れません。いつまで経っても自立しない成人した私に対して、呆れていたかも知れません。