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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

"1年間"

アダルトチルドレン記録 アダルトチルドレンと健康

本日休みが取れたことで、1年ぶりにカウンセリングを受けることが出来ました。本当の所、いつでも行きたい気持ちはありました。

"どうするべきか…"

そうやって悩む度に、心理士さんに相談したくてたまりませんでした。しかし、以前心理士さんが言っていた言葉…

「ここに来ている間は、手助けが必要な状態。私達は手助けをすることしか出来ない。」

その言葉をもらった日、私は心理士さんに "死にたい" と言っていました。

その言葉を思い出すと、
"出来るとこまでとりあえずやってみよう…"

そんな気持ちになれたのです。

薬をもらいに行く、カウンセリングを受けに行く…
それはやろうと思えば出来ます。休もうと思えば出来ました。9月に…その日は心理士さんは居なかったものの、私は仕事を休んで病院に駆け込みましたから。


今日、久しぶりだったこともあり、問診票に記入しました。1年前にも答えた質問項目…
しかし、今日の私の回答は、丸を付けた部分…該当項目が少なかったです。
質問1つ1つに対して、とても冷静に答えられました。症状の程度も、以前より軽いものに丸がつきました。問診票に記入しながら思ったことは

"良くなってる"
"回復しているような気がする"

それは、医師に対しての対応にも表れていたと思います。今日診察をしてくれたのは、最初に訪れた当時アダルトチルドレンと私に教えてくれたお医者さんではなく、9月に駆け込んだ時に「統合失調症の疑い」と言ったお医者さんでした。
9月の私は、うつむき加減で

"とにかく仕事がしたい、仕事を休みたく無い"
"何でもいいからどうにかしてくれ"

そういった状態でした。判断力というものが、おそらく下がっていたでしょう。統合失調症の名前を再び出されたことで、お医者さんに対して失礼な態度を取っていたと思います…

しかし、今日はきちんと受け答えが出来ました。
病院で1番最初にもらった「あがり症」のお薬。
その時もらったのは2週間分だったでしょうか…
それを1年間という長い期間大切に使っていたのですが、もう無くなってしまいました。

統合失調症のお薬と違って、副作用も感じられず、眠気もふらつきもなく、手汗や動機が治まります。
自分でも "合っているな" と感じられたお薬でした。
今日はそれを処方して欲しいと、きちんと伝えることが出来ました。

"視える聴こえるといった症状は、それを表現することで以前より気にならなくなりました"

"11月から1人暮らしを始めて、家で緊張することが無くなりました"

それらを伝えたら、心なしかお医者さんの表情が柔らかくなったように感じました。
私はとても、嬉しい気持ちになりました。
(冷たい人じゃなかった…)


その後、久しぶりに心理士さんと話すことが出来ました。

作ったもの
描いたもの
どんな事があったのか
自分を助けてくれたもの
今思っていること


心理士さんの前では、私はよく話す人になります。
気持ちが高ぶっていたと思います。聞いて欲しいことがたくさんあって…
でも心理士さんに聞きたい事もたくさんありました。

たくさん答えてくれました。
心理士さんは私の見たことのない「色」や「音」のようなものをくれます。
最初はなんだろう?…から始まるんですが、それらは次第に私の周りで見守ってくれる色と音になるんです。

今日もたくさんのものを心理士さんからもらいました。

その中からここで1つご紹介するなら、

「あなたは一生懸命生き延びようとしている」

話の終わりに心理士さんは私に "すごいね" と言ってくれました。自分と向き合って、表現することについて…
先に書いたのは、その後に言ってくれた言葉です。

「生き延びようとしている」

…とても不思議な気持ちになりました。

生き延びるという表現、
最近では熊本地震、5年前は東日本大震災
テレビではこの「生き延びる」「生き延びた」…これらを被災者の姿と共に、流していますね。

私は被災者の方がテレビに写ると、つい手が止まって見てしまいます。
大切な人を亡くした、生き残った、生き延びた…
被災者の「今」生きている姿に、私は言いようのない感動を覚えます。自然と涙が出てきます。

これまで私は、
「生きたい」となかなか思うことが出来ませんでした。震災の被災者の姿を見て、生き残ってくれて良かった…確かにそう思うのですが、自分の命に対しての自分の扱いは…優しくありません。

死にたくなることもあったし、
消えてしまいたい
生きるのがしんどい
…そう感じることがたくさんありました。


しかしそんな私に心理士さんは

「生き延びようとしている」

…そう言ってくれました。

それは、
私が辛いことがある度に何かを作ったり、描いたり、撮ったりしてきたこと。それらが何よりの証拠です。病院を出て車を走らせる中、自分に対して

 "えらいじゃん…!" 

そう思う事が出来たのです。