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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

やり直しの利かない世界

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2014.10.26

インナーチャイルドストーリーで触れましたが、私は小学1年生の頃から高校生までお習字(日本習字)を習っていました。そして今、再びお習字教室に通っています。

習い事と言うと、親から「行かされた」人は多いかも知れません。私も小学1年生の時に母親に音楽教室(エレクトーン)に連れて行かれたことがありました。
今私は音楽が好きなので、惜しいことをしてしまったな…と思うのですが、当時は興味が持てず2年程で止めてしまいました。音楽教室で当時1番イヤだったのは、みんなで並んで笑顔で歌ったり、みんなと同じことをすることです。楽しくないのになぜ笑う必要があるのか、歌いたい気持ちじゃないのになぜ歌うのか…1人冷めていたと思います。

しかし不思議と、お習字教室は楽しかったです。
それはもう先生の人柄、腕…尊敬できる信頼できる先生という存在があったからだと思いますが。

お習字を再開するキッカケになったのは、「緊張」でした。家でも職場でも、とても大きな緊張感を持っていました。そして、それがなかなか収まらない…
自分はこれまで緊張した時、どうやって乗り切ったのか…それを考えた時に思い浮かんだのは、お習字教室の光景でした。

字を書く、とりわけ墨で書くというのは、やり直しの利かない作業です。大人の方でも結婚式や展示会で署名をする時、緊張してしまうという人は多いですよね。

私はこの緊張を、お習字教室で毎月感じていました。毎月、というのは、毎月課題があるからです。
その「清書」を締切までに仕上げる際に私は必ず緊張していました。
課題は赤筆で丸や注意書き、手直しが加えられて戻ってきます。その課題の出来が良ければ、「昇段」=レベルアップ出来ます。
さらに子供の課題の最高段位八段は、お習字教室から離れた場所に受験しに行き、その出来栄えで貰えるのです。(※現在は自宅受験に切り替わったそう。)

大人になって再開すると、子供時代には感じたことのなかった書道の魅力を感じます。
週末に子供達に混じって書いているのですが、その子供達の姿からも色んなことを学べます。

子供時代の私には、お習字教室という場所はかけがえのないものでした。家でどんなに悲しい痛い思いをしても、性犯罪に遭った後でも、その現場をお習字に行くために通らなくてはいけなくても…お習字を止めるという選択肢は私にはありませんでした。

先生はとても明るく、優しく、姿勢がよく美人でスタイル抜群です。今は70歳を越えていますが、変わらないなぁ〜と感じます。
そして先生の書く字はとても美しいです。

お習字教室も確かにみんなと同じことをします。字を書くという作業はみんな同じです。
しかし、その空間には幼稚園生から大人まで居ます。書いている字の種類も様々。先生の教え方の特徴は、その人の個性を生かすことでしょうか。

先生がよく言うのは
「私は字の "規則" を教えているだけ。」

その効果か、お習字教室に通う子供達、大人達の字はみんな個性的です。いわゆる「美文字」の書き方を教えれば、人は綺麗な字が割と早く書けるようになるでしょう。しかし、おそらくみんな似たような字になると思います。

やり直しの利かない作業…
清書を仕上げるまではまさにそれの繰り返しです。
しかし、やり直しが利かないのを知っているから、緊張感を持って書けるということでもあります。

そして練習すれば練習するだけ、確実に上手くなります。今でも思うのですが、書き終えた後に先生のお手本と見比べる、自分に何が足りないのか考える…この作業はとても大切なことです。おそらく日本の企業が海外で褒められる「改善」…その心でしょう。
今日もお習字教室で、お手本とにらめっこする女の子の姿を見る事が出来ました。

こんな子もいました。
「書けんー。全然書けんよ先生〜」

この子の気持ち、小さい頃からお習字をしていた私は分かります。書きたくないわけではありません。綺麗な字が書きたくて、上手くなりたくて仕方がないのです。しかしお手本の先生の字…圧倒的な美しさに自分の字が届かない、もどかしい気持ちでしょう。

この圧倒的な力の差を、お習字教室の子供達はみんな感じています。私は今でもそうです。しかし、先生は偉ぶったりしません。いつも先生から感じるのは「謙虚さ」。先生はたとえ相手が子供でも、自分にない魅力を感じると褒めてくれます。「いいなぁ〜私にはこの線は書けんのよ、難しい。」

今私の改善点は「自分の字」を書くことです。
それまで美しい先生の字に "似せる" ように書いてきました。それは間違っていません。美しい字の "規則" を学びましたから。今私が直面しているのは、その先です。自分がどんな字を書きたいのか、…それを考える時期に来たのです。

アダルトチルドレンの方は、子供時代、居場所がありましたか?心を開ける大人は居ましたか?

おそらく、あったと思います。出会っていたと思います。当時は気付かなくても、大人になって振り返ると気付けることがあると思います。

1つだけでもいいのです。
たった1人だけでも十分です。

大人になった自分がそこに足を運んでみる、
大人になった自分がその人に会いにいく、
アダルトチルドレンの克服の足掛かりとなりますように◎