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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

気付いたからこそ、考える。

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2014.12.30

ブログのアクセス解析を見ていると、

これらを検索して来ていただいた方が多く、それまで私のFacebookからの訪問がほとんどだったのが、今は色んな所からブログを見つけて来ていただいているようです。
ありがとうございます。

今回書きたいのは、「考える」ということ。
私はいつからか考えないように生きてきたような気がします。

例えば子供時代、学校では色んなことを学びますよね。友達と過ごすことによって、人との付き合い方が少しずつわかるようになります。

しかし、学校と家とではかなりのギャップがありました。
それによって次から次に生まれる「疑問="?" 」
…これに対し考える時間や力が当時は無かったのではないかと、今私は思っています。
答えを出す間も無く朝が来ます。
答えを出す、それどころではない夜もあったでしょう。

そして子供時代の私は、本当は考えたかったんじゃないか、と思うのです。
子供ですから、本来であれば大人から教わるのでしょう。しかし、1番近くの大人である両親は、私の疑問に答える余裕は無いようでした。聞けませんでした。

"自分はアダルトチルドレンなのではないか?"

そうやってこのブログを見つけてくださった方も居るでしょう。

アダルトチルドレンだとわかったところで、それを克服する、日常に支障をきたしている事がすぐに無くなる…そんなことはありません。
心理カウンセリングを受けても、薬をもらっても、自分で「考える」ことから目を背けては、おそらくそれらの効果は一時的なものになってしまう気がします。

ブログを見ているアダルトチルドレンかも知れないあなたへ。

なぜ気付いたのか?
なぜアダルトチルドレンという言葉を知ったのか?
なぜ自分はアダルトチルドレンだと思ったのか?
なぜネットで調べようと思ったのか?

無茶な表現かも知れませんが…私は
「考える」余裕が出来た、「考える」時期が来た

…私は自分自身に対して、そんな印象を持っています。

高校を卒業し就職し、
それから東京の学校へ進学し、
学校を卒業したら福岡へ戻り、
会社に入り今、働いています。
昨年の11月には、一人暮らしを始めました。


東京から福岡に戻るまでの私は、とても忙しく生きていたように思います。自分がアダルトチルドレンだなんて思ったことはありませんでした。そもそもそんな言葉も知らないし、上手くいかなかったり気分が落ち込む日が続いても、自分で変えられるはず…!と信じていました。

しかし、学校を卒業し再び働き始める…
視えないものが視え、
聴こえないものが聴こえる。

"人の目を見て話すってこんなに難しかったかな?
どうして自分はこんなにダメなんだろう…
美味しいって何だっけ?
楽しいって何だっけ?
好きって何だっけ?

私はこれまで…どうやって生きてきたんだっけ?

なんだかすごく…生きづらいな…

年々辛くなってきたように思う…。"


それまではあった生きづらさに対し、私はその時その時で色んな言い訳を付けていた気がします。

"疲れているんだろう"
"イライラしてるだけなんだ"
"寝たら治る"
"時間が解決してくれる"
"忘れよう"


その時を生きるために、これらは必要でした。
忙しく生活してますから。
昼間は学校、家では戦争、
興味のあることもたくさんありました。
一生懸命生きていました。しかし

"大人になれば無くなるはず"

そう信じていた「生きづらさ」は、大人になっても消えることはなく、辛い、悲しい、苦しい、切ない、もどかしい…色んな感情となって表れます。

一体自分の何がいけないんだろう?

…そうやってまた頑張って、辛くなる。

しかし、その「生きづらさ」に対してどうにかしたいと思えるのは、何より「生きたい」と思っている証拠ではないでしょうか。

"寝て治るものじゃない…"
それに気付けた瞬間こそ、アダルトチルドレン克服のためのスタートだと私は思います。

子供時代には考えないようにしてきた、あるいは考えられない環境でした。

大人のあなたはどうですか?
忙しく仕事をしているかも知れないけれど、
忙しく学校に行っているかも知れないけれど、
忙しく子育てをしているかも知れないけれど、

疑問="?" が頭の中にたくさんありませんか?

アダルトチルドレンといっても、抱えている悩みは人それぞれです。
自分よりもっと辛い体験をして来た人がいるはず…
そんな心持ちもあり、考えること、言葉にすることを私は避けていました。

しかし、どうせ同じ体験は無いんだ…アダルトチルドレンとして、その中の一つに私の体験談があってもいいのではないか…

ふとそんな思いが生まれ、このブログを始めました。

長年「考えること」をサボっていた私には、過去の出来事を振り返ったりするだけで精一杯。自分の考えが浮かぶようになったのは、つい最近のことです。

考えることを始めると

"もっと考えを突き詰めたい" 
"自分なりの答えを出したい"
"今の自分だったらこうしたい"

たくさんのwant(欲求)=◯◯したい

それが出てくるのがわかりました。

疑問の答えを自分で見つけることで、
悲しい辛い過去にもピリオドが付く。

その作業は、大人になった自分自身にしか出来ないことだと私は思います。
自分で考え、自分で納得する。
納得したから、前に進める。

勉強が苦手な私でも、出来ています。笑

"どうして自分は◯◯なんだろう?"

そう思ったら、自分なりに考えて、その答えを見つけてみませんか?

悲観的になる必要はありません。
デタラメでもいいです。

私は自分について考える時、「研究者」のようなイメージで取り組んでいます。デタラメばかりです。
でもいいのです。自分の答えを見つけた喜びは、とても気持ちのいいものです。