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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

子供だって親を見ている

 

名前をなくした女神」というフジテレビのドラマがありました。ご存知ですか?

 

幼稚園でのママ友関係をテーマに描かれたドラマでしたが、各家庭には様々な特徴や問題がありました。私はこのドラマが放送された時というのは東京で一人暮らしをしていたのですが、ある1つの家族が気になり、毎週欠かさず観るようになりました。

 

気になった家族というのは、「安野家」。

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そしてこの家庭の問題というのは、「モラルハラスメント」でした。

 

尾野真千子さん演じる安野ちひろさん(爽くんママ)は、優しく子供想いの母親ですが、家では夫からのモラハラ(言葉の暴力)を受け、様々な制限・圧をかけられて生活しています。

 

長島暉実くん演じる安野爽くんは、お友達にも優しい無邪気な子供ですが、外でも家でも、お母さんのことを気にかけています。お母さんの笑顔が大好きな爽くんですが、お父さんの前で笑顔を無くすお母さんの様子に心配そうな表情をしています。

 

高橋一生さん演じる安野英孝さんは、銀行に勤めるいかにも頭の良さそうな人です。外では非常に家族想いの夫、父親のイメージを "作って" 居ますが、家では妻へモラハラをし、妻を管理しようとします。爽くんに対してはというと、良き父親として接してはいますが、爽くんの管理が出来ない妻を責めます。

 

 

この家庭の問題が浮き彫りになった時、自分の育った家庭のようだと私は思いました。

しかし、話数を重ねるにつれ、問題は一緒だけれど、確かな違いを感じました。

 

私の母はちひろさんのように神経質でネガティヴではなく、おおらかで前向きです。

しかし私の父は、英孝さんのように精神を崩した妻の変化に気付き、思いやるような変化はありません。

 

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ドラマの中で一度だけ、英孝さんが言葉の暴力を超えて手を挙げるようなシーンがありました。

爽くんは「僕のお母さんなんだから!」

そう言って父親を止めましたが、私と兄というのは、父の暴走を止めることは出来なかったように思います。

 

この家族の描写で好感を持てたのは、モラハラ夫である英孝さんの子供の頃も描かれたところ。

モラハラ夫である英孝さんは、幼少期から母親のことを気にかけつつも、母親からの抑圧を受けて育った辛い過去がありました。

おそらく、英孝さんはアダルトチルドレンなのではないかと私は考えています。

母親のことを気にかける息子に、自分の子供時代を重ねている描写もありました。

 

ネタバレになってしまうので結末を書くのは迷いますが、安野家は良い最終回を迎えます。

家族としての健全な関係を取り戻す変化があり、前向きな最終回で幕を閉じました。

 

「絵に描いたような家族」があるとすれば、このドラマの主人公である杏さん演じる秋山家でしょう。

 

自立し他人を思いやる心の余裕もある母親と父親

子供に対し愛情を持って接し、問題が起こったとしても家族みんなで力を合わせて乗り越えていく。

何より夫婦の中が健全で信頼と愛情に溢れています。そのような夫婦の元で育った子供というのは、安心感を持って成長出来るように思います。

 

しかし、ドラマの中でも秋山家というのは稀に見えるほど、その他の家族・家庭には様々な問題があり、そこで育つ子供達は心に傷を抱えていました。

 

どこの家庭にも問題はあり、それは家庭によって様々。人が変われば同じ問題でも解決の糸口が見えるものかもしれませんが、秋山家のような絵に描いたような理想の家族・家庭というのは、現実的に少ないのかも知れませんね。

 

このドラマで毎回私が泣かされたのは、子供達の描写です。子役の子供達の演技というのにも驚かされますが、毎回胸を打たれるようなシーン…爽くんをはじめ、各家庭の子供達の辛い苦しいシーンでは感動を受けました。

 

子供達に共通しているのは、親をよく見ているところでしょう。とりわけ強かったのは安野家の爽くんですが、どの子も両親の様子をよく見ていましたね。

そして自分の言動に注意していました。

 

人は自分の鏡だと、言われます。

自分が変われば人も変わるというのも、この言葉のような意味合いでしょう。

 

子供はというと…私の子供時代というと…

親の真似をしました。

親が微笑んでいれば安心し笑顔になるし、

親が悲しい顔をしていれば心配し眉をひそめる。

 

母親と父親、どちらも同じ表情をしていれば、

おそらく簡単でしょう。

二人が微笑んでいれば笑顔に、

二人が悲しんでいれば同じように悲しい顔をする。

 

しかし二人が対立、もしくは一方が一方を責める状況というのは、子供は迷います。

幼ければ幼い程、状況を把握出来ませんし、もちろん、どちらの味方になることも出来ません。

 

安野家の爽くんの良いところは、常に笑顔でいるところです。お母さんが悲しい顔をしていればもちろん悲しい顔になります。お父さんに "部屋に行ってなさい" と言われれば、下を向き、言う通りにします。

しかし爽くん自体はとても明るく、また周囲を明るく出来る子でもあります。

 

母親に笑顔を向け元気付けようとすることもあれば、父親の手を自分から握り、満足気な顔を見せることもあります。

これは子供の、爽くんにしか出来ないことでしょう。

 

確かに子供は親の真似をして色んなことを覚えますが、親と子という前に、人はそれぞれ持っている性格や感性が違うのです。

 

私はよく、後悔します。

親の様子を見て、その都度自分の言動にブレーキをかけてきたことを。

思ったことや感じたことを言えなかったり、

人の顔色をうかがい過ぎて自分を見失ったり、

母親に似てきたな…

父親に似てきたな…

 

そう感じる度に自分がよく分からなくなります。

 

"何のために" やってきたのだろう…と、脱力感でいっぱいの時もあります。

 

しかしそれは、子供時代の自分と今大人である自分とを比べてしまっている証拠なのかも知れない…

そう思うようになりました。

 

子供の頃のように我慢しようと思っても、それは難しいです。

なぜもっと自分を大切に出来なかったんだろうと子供時代の自分を責めても、それは無理なこと。

 

 

 

ドラマを思い出して感じたことは、安野家の爽くんは両親を間違いなく支えてきたということです。

"子供" である爽くんが?…いえいえ、大人だとか子供だとか、それは関係ないように思います。

爽くんは「家族」の一員として、家族を支えたのです。

 

確かにそれは "子供" である爽くんの仕事ではないでしょう。心理士さんが私によく言ってくれるのは、

 

「待って!お父さんもお母さんも、大人。あなたは子供だった。」

 

私が自分を責める時、彼女はそう言ってストップをかけてくれます。毎回、非常に救われます。

 

しかし私はこうも思うのです。

"子供にしか出来ないこともある"

 

そしてそれは

"私にしか出来ないこともある"

 

 

私はずっと、自分は家族のお荷物だと感じていました。一番強かったのは中学時代ですが、今でも思います。

 

 

しかし…兄もそうですが、

グレることはありませんでした。

暴走してしまいそうな自分の感情よりも、家庭の平和を願っていたんです。

暴走すれば父と同じになる…もちろんそれもありますが、なにより平和を願っていたんです。

成長した兄は父より背が伸び、体力もあります。

グレて父に手を出し、父を制止することも出来たはずです。兄は確かに反抗期がありましたが、それはとても大人しいもの。父のことを「あの人」と呼び嫌い、母へ強く当たる。

しかしこれだけです。

 

母は辛かったでしょうが、私の目にはとてもスマートで頭の良い兄に映りました。感情に流されない兄を尊敬していましたね。

 

私も、今でこそ父を毛嫌いしていますが、やっと本音が出てきたように思います。

 

子供時代はというと、大人しくしていました。

精神が弱り消えてしまいそうな毎日でしたが、父を責めることも母を責めることも、本当の意味で出来ず、自分を責めることにシフトしました。

家庭を支えてきた訳ではありませんが、自分の手で家庭を壊すことを我慢していましたね。

なぜなら、もう壊れているように見えたからです。

一生懸命、直そうとしました。

 

アダルトチルドレンだからこそ、

自分の子供時代を責めるのではなく認めてあげることが大切なのだと思います。

 

家庭の中で家族の一員として頑張ってきた自分というのは、確かにそこに必要な存在だったということを。