子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

納得出来ないこと/鎖に繋がれた像

 

 子供の頃から、母は私に言います。

 

"お父さんは仕事が大変だから"

"お父さんは仕事頑張ってるから"

"お父さんは仕事で疲れてるから"

 

…私には理解出来ませんでした。

「だから…何?」

 

いつもそう返したかった。聞きたかったです。

 

仕事が大変なら、

仕事を頑張ってたら、

仕事で疲れてたら、

 

家族に当り散らしていいの?

家族を傷付けていいの?

家族に恐怖を与えてもいいの?

 

まるで、

父は特別な人間で、父がいるから私達がいる…

父が居なければ生きていけない…

だから父の言うことをきかなければいけない。

 

…私にはそう聞こえていました。

 

仕事なら、私だってしてます。

母だってしてます。家族四人で過ごしていた時だって母は仕事に出て、私と兄の面倒を見て、家事をしていました。

 

母は仕事を理由に、私と兄や父に当たることなんてなかったです。傷付けることも、恐怖を与えることも。

 

母のことを尊敬していました。

でもそんな母が私に頼むことというのは、

とても難しいことなんです。

 

子供の頃はまず理解出来ませんでした。

仕事をしたことがありませんから。

仕事がどんなものなのか、家族を犠牲にするまでの価値があるものなのか、さっぱり分かりませんでした。

 

今私が思うことは、仕事が何であれ、それが

家族に当たり、傷付け、恐怖を与える理由になんてならないという確信です。

 

家族を養うための大部分を父親が仕事で稼いできてる?

 

そんなの関係ありません。

人が人を傷付けていいなんて理由なんて無い。

一家の大黒柱?だったら何をしても許される?

そんな訳もありません。

 

 

優しい母の背中だけ見て成長出来たら、真似出来たら良かったでしょう。

 

しかし優しい母が子供の私に出した "お願い" は、無理がありました。

大好きな母を攻撃する父に恐怖を抱いてしまった私には、酷なお願いだったんです。

 

母を守りたいのに、守れない。

ただその場を我慢するしかない。

なぜ父の思い通りに振るまわなくてはいけないのか。

 

 

そして父が暴れた後に母が私に頼むこと、それは

"お父さんを許してあげて"

 

…わかりません。

私は末っ子なので、わかりませんが、

"お兄ちゃんなんだから"

"お姉ちゃんなんだから"

よく耳にするそれに似ている気がします。

 

しかし父は私の弟な訳もありません。

わたしの父親です。大人です。私は子供でした。

 

 

母からお願いされると、私はとても複雑な気持ちになります。ネガティヴが絡み合ってしまいます。

 

その中でも強いのは、

母のようになれない劣等感でしょうか。

 

母のように父の言動を許せない自分は、ダメな人間なんだと思い悩んでしまいます。

 

しかし大人になって新しく生まれた考えというのは、"そんなの関係ない" というもの。

 

母と自分は違う人間なのだから、父の言動にどんな感情を抱くのかも違う。

母は許せたとしても、自分は許すことが出来ない。

でもそれでいい。それが自分なんだ。

 

"だから自分を信じて思うままに生きればいい"

 

そうやって…アダルトサバイバーとして自分に言い聞かせます。しかし、インナーチャイルド=子供時代の私は、納得出来ないのです。

 

母の期待に応えたい

母を苦しめたくない

母を安心させてあげたい

いい子だと思われたい

迷惑をかけたくない

 

そういう想いがとても大きいのです。

大人の私に強く根付いています。

だから…これまで我慢出来たのかも知れませんね。

 

 

私は今実家に帰れないでいます。

休日…日曜日は父が居るからです。

休日にパチンコに行く父ですから、先日時間を見計らって実家に寄りました。

 

父の車を発見してしまった瞬間、手が震え、息が苦しくなり、玄関の前でしばらく立ち止まってしまいました。荷物を取ってきて早く帰ろうと思いましたが、母に買い物に誘われ買い物に行きました。

 

父と顔を合わせずに済みました。

 

 

大人の私にある、親への憎しみの感情。

それとどう付き合っていくのか課題ではありますが、子供の頃から変わらず私の中にあるものは、やはり「恐怖」なんです。

 

食卓の恐怖。

家の中の恐怖。

枕元の恐怖。

 

父親に植え付けられた恐怖。

 

アダルトチルドレンの関連のページには、しばしば「鎖に繋がれた像」の話が登場します。

 

像というのは人間よりもずっと大きな動物ですよね。小さな鎖であれば、大人の像は簡単に壊すことが出来るでしょう。

しかし、生まれてすぐ鎖に繋がれた像というのは、それが出来なくなってしまいます。もちろん大人になれば鎖を壊すだけの力を持っているのですが、出来ません。鎖を壊すまでの力がない、子ゾウ時代に、逃げることを諦めてしまったからです。

子ゾウに植え付けられたものの1つには、「恐怖」もあるでしょう。

 

この話は、SNSで一度アダルトチルドレンの方と交流を持った時、その方が教えてくれました。

おそらく、多くのアダルトチルドレンが共感できる話ではないでしょうか。

 

アダルトチルドレンを克服しようと、アダルトサバイバーとして自分と向き合っていても、

難しいことは難しいです。

怖いものは怖いですし、許せないものは許せない…だけど許したい…etc

色んな感情が複雑に絡み合ってしまいます。

 

少しずつで良いのだと、自分に言い聞かせています。

アダルトチルドレンだと知るまで、とても長い時間でした。もうすっかり "いい大人" です。

 

ですが大人になったからといって、自分らしく生きれることもなく…毎日「なんでだろう?」の繰り返しです。毎日家に帰れば泣いています。

 

しかし、ブログを始めて良かったなと思うのは、

自然と涙を流せる時間が出来たことです。

 

記事を書いている最中、私よく泣くんですよね。

過去を振り返って泣くことはもちろん、子供時代の感情と今の感情がぶつかり合って、それで困ってしまって泣いちゃう時もあって。

 

でもそうやって自分と本気で対峙して涙を流すことが、アダルトチルドレンの私には必要なことなのかなと、思っています。

 

このブログを読んでくださる方、見つけてくださった方、ありがとうございます。

飽き性の私が、まだ続いています!笑

感謝!◎