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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

腹が立つこと。

アダルトチルドレン記録 夫のモラハラは子供の目にどう映るのか インナーチャイルドストーリー

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2015.10.10

 

過去を振り返ると、私にはインナーチャイルドが5人いる…

単純にその場その場に自分を合わせてきた、性格や振る舞いを変えてきた、それが大きく5パターンあるのかなと最近考えています。

 

それでもやはり同じ人=私ですから、子供の頃から変わらないものの存在は、自分でも感じています。

インナーチャイルドそれぞれに名前を付け、どこかの子供に対して接することについて心理士さんは、

 

"まだ距離を置きたいんだと思う。自分に遭ったこととして、まだ受け入れたくない気持ちが大きいのかも知れない"

 

そう話していました。

 

今日お話するのは、5人…そして今の私にも共通していること。「腹が立つ」ことについてです。

 

私は本気で怒ることがほとんどありません。

母に対しては怒りの感情を露わにすることもありますが、他の人に対しては出来ません。

過去を振り返り親への怒りを感じることがありましたが、殺意と勘違いし、自分の怒りに対して持っちゃいけない感情のようにも思っていました。

 

しかし人間ですから、怒りの感情というのは誰でも持っているもの。むしろ私の場合はその感情を押さえ込みすぎて、精神のバランスが長らく崩れたままだったように思います。

 

私は自分が人から何かされて腹が立つことはあまり無いのですが、自分の大切な人や尊敬している人…人に限らず考え方や感性、それらに対し「失礼」を目の当たりにすると、激しい怒りが生まれます。

 

だから、父のモラハラが許せないのだと思います。

 

自分にとって大切な母に対し、罵声を浴びせる父…

子供の頃からのその光景を思い出す度に、私は腹が立ってしょうがないです。

ペインターの口調を借りるなら…

 

"一体あんた何様なんだ"

"誰があんたのパンツ洗ってやってると思ってんだ"

"お母さんが出来てあんたに出来ないことなんて山ほどある"

"なぜ敬わない?"

"お母さんに失礼だろ!"

"お母さんに謝れよ!!"

 

 

私は自分のことには鈍感….というか、傷付いたと実感したことがありませんでした。主治医や心理士さんに出会うまで。自分がアダルトチルドレンだと知るまで。

 

私は人から攻撃されたとしても、自分のせいだと思う癖があるんです。むしろ…私のせいで不愉快な気持ちにさせて、怒りをおぼえさせてしまって、申し訳ないという気持ちさえあります。

 

優しい誰かが私に「大丈夫?あんな言い方しなくてもいいのにね!」と声をかけてくれたとしても…もちろん有難い気持ちはあるものの、"あんな言い方" と言われるようなことを言わせてしまって申し訳ない、、あの人は傷付いていないかな?

…そんなことを考えてしまうんです。

これは、長らくモラハラの被害を受けてきた母を見てきた故のものかも知れませんね。

 

しかし、その攻撃された対象が自分ではなく自分の大切な存在だと知ると、私は豹変します。

顔には出していないつもりですが、明らかにその時私の心に生まれるものは、怒りの感情です。

 

友人が大変な目に遭ったというエピソードを聞くと、必ず怒りが生まれます。

友人が自分でも傷付けられたと感じていない場合はもっと強い感情になります。

 

モラハラの被害を受ける母と、重ねて見てしまうのでしょう。

 

先に書いたペインター口調の文句。

最後の2つは、父がよく言うんですよ。

憎たらしいことに、父自身が主語になります。

 

「(俺に)失礼だろ!」

「(俺に)謝れよ!!」

 

これが聞こえる度に、言い返したかったですね。

いつも。

 

なぜそうも自己愛が強いのか、自分を疑わないのか…。

 

夫婦というものは、お互いを敬わないと崩れてしまう気がするんです。

一方が一方を攻撃したり、

一方的に我慢したり、

そうなると…もう対等に話は出来なくなってしまいます。

 

見ている子供だってそうです。

嘘を付くしかなくなります。

父親の前の自分、母親の前の自分とガラリと人格を変えなくては、やっていけなくなります。

 

選挙がありましたね。

みなさん投票、行かれましたか?笑

私は期日前に投票してきました。

 

政治の選挙というものが、子供の頃は嫌いでした。

演説で他の党の批判をしたりしますよね。

あれって必要なんでしょうか?

必要…かも知れません。自分の目指す政策と比較するために。しかし有権者は馬鹿じゃありませんから、それぞれの欠点はなんとなくでも気付いてると思うんです。

"もうそんなの言われなくても知ってるよ"

 

私は政治に詳しくありませんし、頭の悪い自分にはとても出来ないから、色んな責任や緊張感を抱えてやってもらってると感じています。

 

しかし演説では、相手の批判ではなく、自分の望む政策について胸熱に語っていただきたい。それだけです。批判を耳にしてしまうと、後でそればかり思い返しちゃうんですよね。自信がある政策なら、それをまず心から伝えて頂きたいなぁ…なんて。

 

 

話がそれましたね。

(最近になって、SNS等で友人達が政治についてよく投稿していて、自分でも考えるようになったんです。まだまだよくわかりませんが。苦笑)

 

父は自分が馬鹿にされると(馬鹿にしていない時でも勝手に…)怒り爆発するんです。

母のことも自分に置き換えて考えることが出来れば、攻撃ではなく別の振る舞いが出来ると思うのですが、、

そればかりは私は父ではないので変えられません。

 

最近は「変えられない」…これを意識的に引き出すようにしています。

自分を責める癖がありますから、でも自分ではどうにも「変えられない」ことがあるという事実を受け入れる必要があるんです。

 

心理士さんがよく言ってくれるので、この言葉を思い出す時は、彼女の力強い瞳と優しい声も一緒に引き出すようにしています。

 

変えられないことを変えようとしてきた…(必死で)

それってある意味すごくアグレッシブだなと感じます。あくまで言葉からのイメージですが。

 

その力は、今後自分のためになることに使っていきたいですね◎