子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

自分を再構築する。

 

さて、

前回はAC(アダルトチルドレン)は "自分" というものが気薄であると最後にお話しました。

 

なぜ気薄なのか…

それはACである方ならば薄々気付いているのではないでしょうか。そして、ACで無い方にとっては、いささか理解出来ない事かも知れません。

 

私は…

どんなに人から褒められたり認められたとしても、

何でしょうね。ポカーン…としてしまいます。

或いは、変に謙遜した態度を取ってしまいます。

まるで他人事のように感じてしまう時もあります。

 

自分というものが気薄だからです。

自分の事として受け止めることが苦手なんです。

いくら褒められたとしても、喜ぶという感情を忘れてしまうほどに、…周りのことばかり目を向けているように思います。

 

思い返すと…

子供の頃からいつも気にしていました。

父親の反応を。

 

父から褒められるように認められるように…?

いえ、

怒鳴られないように

或いは

気に入られようと必死でした。

 

毎日お酒を飲む父は、

毎日違う態度を取ります。

 

ご機嫌な時はいいのですが、

機嫌が悪い時はどんな言葉のナイフが飛んでくるか分かりません。大切な母や兄が傷付かないか…

いつも気が気ではありませんでした。

 

それは、学校生活や職場でも同じでした。

アンテナを幾つも立てて、他人の動向ばかり伺ってしまいます。大人になった今でさえも。

 

自分が

"どうしたいのか"

…そんなことを考えるのは苦手でした。

 

今なら分かります。

周りの人の笑顔や平和な時間が、

ひと時の喜びや安心感だったからでしょう。

 

それが故に、自分が気薄なのだと思います。

 

他人がどんな反応を示すのか…

 

(ACの皆さん、そろそろ終いにしませんか?)

 

私も出来ていません。

だから…罵声や批難といった幻聴や幻視を繰り返すのだと思います。

 

根も葉もない誰かからの、自分への反応に、

おちおち寝てもいられない位に、

怯えてしまうのだと思います。

 

その恐怖は、

幻です。

真っ赤な嘘です。

 

だから安心してください。

 

そして、

育てる必要があります。

 

自分が "どうしたいのか" 。

常に考える練習を、今私はしています。

 

分からなくてポカーンと、

フリーズしてしまうこともしょっちゅうです。

 

私の母は、

"自分を自分でプロデュースしてみたら?"

と、提案してくれました。

 

とても良い案だと思いました。

これまで私は、自分を奮い立たせるために、

"自分が自分のコーチになる"

と、意識をしたことが何度かありました。

 

これもまた、

自分を意識する手段ではないかと今思います。

 

必死に、

自分よりも周りの反応を見ようとすると、

自分が見えなくなります。

 

自分という存在を

置いてけぼりにしてしまっています。

そしてそれは、必ず自分に返ってきます。

 

結果、育つべき自尊心が、

育っていないのです。

 

"今 私は私のためにどうしたいのか?"

 

ACにとっては難しい質問だと思います。

 

「寒いから珈琲を飲んで温まろう」

 

そんな些細なことでも良いのです。

 

以前ブログでお話したように、

人は自然とトイレに行けますよね?

 

何も道具は要りません。

必要なものは備わっています。

 

これからで大丈夫。

 

自分を再構築しませんか?