【ゴースト】あの日のゴースト
「事件」の後、しばらく家は静かでした。
今日は戦争はないな…そんな安心感がありました。
父が私に言ったのは
「犬に噛まれたと思え」
…それだけでした。
大人になってもその言葉の意味が分かりません。
父に対して何か冷え切ったものさえ感じます。
子供の私はもっと分からなかったでしょう。
しかし、子供の私は一生懸命考えました。
父が私に言ってくれた言葉だから、どんな優しい意味が込められているのか、考えました。
犬に噛まれたことがない私は、理解に苦しみました。何かとても難しい問題を出されたような気がしました。
"気にするな"
(…たぶんそんな意味なのかな?
でもとても気持ち悪かったし痛かった…
それでも気にしちゃいけないんだ!忘れよう!)
それから私は中学を卒業し、高校を卒業し、入った会社で優しい大人達に出会いました。恋もして、好きな人と触れ合うことも出来ました。
この日のことはすっかり忘れていました。
しかし、この日の痛みは忘れることが出来ません。
体ではなく、心の。
そしてその心を傷付けたのは、両親でした。
失ったのは、「自尊心」でした。
普段から感情を表に出す父は、
娘の受けた痛みを…それに対する感情を露わにしてくれると確信していました。
しかし子供の私が受け取ったのは、
とても冷静で冷たいものでした。
優しい母は何も言わず側に居てくれて、抱きしめてくれると信じていました。
大人になって、この日の事を思い出して母に相談した時、母が私に言ったのは
「早く忘れてちょうだい」
事件の後、自転車に乗る兄が近所の方の車と接触してしまいます。その時父は怒り心頭、近所の方は大目玉くらいました。
その時子供の私が感じたのは
"お兄ちゃんは心配してもらっていいな。私なんて殺されるかも知れなかったのに…"
"あんな姿見せてお父さんはみっともない。恥ずかしい。"
私は結婚もしていませんし、子育ての経験もありません。父の口から出た言葉が、考えに考え抜いた言葉だったとしても、その言葉にどんな優しい意味が込められていたとしても、子供の私には届きませんでした。
あの事件の両親の"対応"は、
子供の私には適切ではありませんでした。
子供の私は
"自分は心配される価値のない子"
"自分は抱きしめられる価値のない子"
そう受け取ってしまったからです。
そして、これは大人の私に強く根付いています。
「自尊心」と両親への「信頼」を失くした私に残ったのは、持ちたくない「無価値」のレッテルでした。
ピエロ(ゴースト)に送った大人の私のメッセージは
"守ってあげられなくて、ごめんね"
2016.3.9