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子供の質問

アダルトチルドレンと教えてもらい、それからの日々の事など。

【フラワー】子供と過ごした時間

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2016.4.3

【フラワー】にあって他のインナーチャイルドに無いものがあります。それは "家庭への憧れ" です。

家庭を持つこと、家族を持つこと、子供を育てること…それらは多くの女性が一度は夢見る、理想の将来像かも知れませんね。それを強く感じていた2年間、私は19歳・20歳でした。多感な時期に生まれた自分の「母性」は今の私にも残っています。

しかし大人の私はこの母性を
 "持ちたくない相手" 
に抱いていることを、精神科で知らされました。

「お父さんに、母性を感じていらっしゃいます…」

自分について話している際に、主治医から言われました。その瞬間吐き気を感じ気分が悪くなりました。それは紛れもない、【フラワー】からのメッセージだったのでしょう。
愛する人との間に生まれた可愛い我が子ではなく、自分を苦しめてきた父親に、私は母親のように接していたというのです。(このことについては、後ほど「共依存」と共に書こうと思っています。)

さて、
家族との楽しい思い出が無く、さらに恐怖を感じていた家庭に、なぜ私は憧れを抱いたのでしょうか?

それは、
赤ちゃん、そして子供達と過ごしたからです。

前回の記事で書いた通り、当時の私の仕事はフォトレタッチ(写真の画像処理)です。毎日パソコンにかじりついて仕事をしていました。

しかし、写真撮影で人手が足りない事があります。
モデルさんが増えれば、その分スタッフの数も必要になりました。私は人手が足りない時のお手伝いをしに、撮影現場に行くようになります。

私が参加した撮影は「家族」を撮影するものが多かったように思います。家族を演じてもらう撮影もあれば、本物のご家族を撮影させてもらうこともあります。私は後者…本物のご家族、とりわけ子供達と過ごしたことで、家庭への憧れを抱くようになりました。

撮影現場で私が頼まれた仕事は、「子供」のお世話をすること、そして「赤ちゃん」のお守りをすることでした。

当時の私は子供を毛嫌いしていました。スーパーで駄々をこねて母親を困らせる子供の姿を見ては、素直に甘えを表現出来なかった自分の子供時代を思い出します。そして赤ちゃんという生まれたばかりの存在というのは、生きづらさを感じていた自分には距離を置きたいテーマだったのです。

しかし社会人…仕事ですので、やるしかありません。

最初の仕事は赤ちゃんのお守りだったと思います。子供を持つヘアメイクさんに指導を受けながら、抱きかかえました。小さな「命」を抱っこした緊張感は、今でも忘れられません。ずっしりと重く、そしてとても温かいな…と感じました。
心配そうな私の顔を見て、モデルの赤ちゃんは可愛らしい笑顔を見せてくれました。【ピエロ】が欲しがった笑顔…赤ちゃんのそれは、子供や大人には無い不思議な魅力がありました。

子供のお世話は、…最初は苦労しました。
それまで室内で絵ばかり描いて、体を動かすことに不慣れな私は、ボール遊びのやり方が分かりません。
しかし目の前にはキラキラとした目で待っている子供が居るのです。無我夢中で子供と接しました。走って追いかけたり追いかけられたり、撮影が終わり家に帰る時はくたくた…通勤電車の中で熟睡して寝過ごしたこともあります。

撮影に来ていた子供達は、とても素直に自分を表現します。そして、一緒に来ていたお父さん、お母さんのことが大好きでした。親と離れて遊んでいる時も、二人の様子が気になるようでした。

私は撮られたばかりの写真を自分のデスクで見ます。
お父さん、お母さんの優しい笑顔。子供達の元気な姿。撮影現場の1日を思い出し、撮影に参加出来たことを嬉しく思いました。

写真には、温かい家族が写っていました。
自分にとって温かい家族というのは、手が届かない存在でした。テレビドラマにある絵に描いたような家族は、自分にとって絵本の世界のような、現実とはかけ離れたものでした。

しかし私が遊んだ子供、接したご家族達というのは、それよりもずっと素敵なものだったのです。

撮影現場で、子供達はお父さんに叱られることもありました。お母さんが優しくフォローし、お父さんが笑顔になり、その後またみんなで笑うのです。

それまで非現実的だった家族の姿を目の当たりにし、私もいつの日か自分の家族を持ちたいな…
そう思うようになりました。

恋をしていた、というのも大きいかも知れません。
ペインターは自動車学校の先生に恋をし、
フラワーも恋をしていました。

好きな人との家庭を夢見ることは、珍しいことでもないですからね。


「5人の出現」で涙したのは【フラワー】でした。
遠い昔の恋、写真の家族とは似ても似つかない自分の家庭…やはり自分には手が届かないものだと感じてしまったのでしょう。

しかし大人の私は、スーパーで子供が駄々をこねていても嫌な気分にはなりません。
フラワーが生まれたことによって、自分の中には確かな変化がありました。

それまで外出先で家族を見ると、子供の私は親に目がいっていました。明るく優しい両親であればあるほど、「羨ましいな…」と感じていました。これは紛れもない子供目線でしょう。しかし今大人の私の目に入るのは、子供の方です。

その子が何を感じているのか…そちらの方が気になってしまいます。フラワーによって母性が生まれ、気になる対象が「親」から「子供」に変化したのです。